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【コラム】中国のベンチャー企業は技術先行でなくビジネスモデル先行

情報中小・ベンチャーグローバル

  • 職位:
  • 特任フェロー
  • 研究領域:
  • 国際経営戦略論、アジア経営論、経営戦略論、中小企業論

2019年5月15日
機械振興協会経済研究所 特任研究員 近藤 信一



 筆者は、2019年2月25日から27日にかけて、中国のイノベーションの一大拠点である深圳市に視察する機会を得た。また、当地のものづくりベンチャー企業の経営者との交流の機会も得た。今回は、その視察の中の一部を紹介したい。

1. 視察先企業の紹介

 訪問先の一つとして、ベンチャー企業で無人ホテル運営会社「深圳楽易住智能科技股份限公司」(http://www.smartlyz.com/)に訪問した(2019年2月27日午前に訪問)。なお、以下の内容は、視察内容を筆者なりにまとめたものである。
 同社は、2016年9月の設立のベンチャー企業で、AIの開発と無人ホテルの運営が主な業務である。運営しているホテルは、世界初のAIによる無人ホテルである、と語っていた。同社の取り組みは、中国国内のみならず、日本でも多数取り上げられている(注1)。同社のビジネス戦略は、データ収集のシステムは同社が開発して、ホテルを運営することで宿泊者のあらゆるデータを収集し、AIを活用してサービスを開発している。同社は、2017年8月にAIシステムを完成、2017年10月に成都で試験開業、2018年7月に無人ホテルを開業している。現在運営している無人ホテルは、5件が開業中で、10件が建設中である。
 開発できているAIデバイスは、スマートキー、スマートセンサー、スマートホームステーション、スマート案内人、スマートロッカー等である。料金は、160~210元程度で宿泊することができる(注2)。同社は、宿泊する人がすべてのサービスを室内で行えるような空間にすることが目標であるという(スマート生活の体現)。
 同社のビジネスのロードマップは、無人ホテルの運営から、健康管理も含めたサービスの提供も含めて展開して、最後は服飾などの販売も手掛け、最終的にはサービス提供から収益を上げホテルを無料化する(2022年が目標)。そして、ホテルの宿泊料を無料化することで多くの宿泊客を集めて、さらにサービスの収益を向上させる。つまり、同社のビジネスモデルは、無人ホテルの運営という宿泊料による収益とAI利活用によるコスト削減というビジネスモデルを目指しているのではく(競争優位の源泉はコスト面での競争力/コストリーダーシップ戦略)、無人ホテルで集客して様々なサービス事業で収益を挙げるビジネスモデル構築/エコシステム構築を目指している。

同社のビジネスロードマップ(同社提供資料より)
同社のビジネスロードマップ(同社提供資料より)


同社が運営する無人ホテルの外観と案内ロボット(筆者撮影)同社が運営する無人ホテルの外観と案内ロボット(筆者撮影)
同社が運営する無人ホテルの外観と案内ロボット(筆者撮影)



 前述のように同社は、AIを利活用してコストを削減し、低価格で宿泊サービスを提供するのではなく、宿泊者の様々なサービスの利用から収益を上げるビジネスモデルの構築を2022年に目指している。このビジネスモデルが成り立つ理由としては、宿泊者はホテルの室内に平均8時間滞在し、その間に室内で仕事し、映画やゲームなどの娯楽を楽しみ、そして睡眠をとる。その時間は、家庭での時間と仕事場での時間を除けば最も長く居る場所である。この室内で、衣食住、健康、娯楽を提供することで満足させていく。宿泊すること(寝ること)で得られる収入(宿泊費)より、それ以外(寝ること以外)での収入(サービス利用料)の方が上回ると試算している。そして、利用者はサービスを利用することでポイントが貯まり、ポイントを利用することにより無料で宿泊できるようになる。
 また、スマートホテルの計画では、宿泊者のあらゆるデータが取得できる(ビックデータ)。これは、「1,000棟(注3)×平均50室(注4)×2人宿泊者×365日×8時間」の宿泊者、特に同ホテルを利用する若者のビックデータである。これをAIで分析すれば、中国の若者の将来の傾向が予測できることになる。使用しているAIのレベルについては、不対応してくれた副総経理は技術的な面は「わからない」ということだった。しかし、IoTシステムは構築しており、ビックデータは収集できるようになっている。インタビュー調査内容から推測するに、AIレベルはBIレベル(レベル2)ぐらいと推測できる。AIの利活用はこれからである。
 同社のようなスマートホテルのプラットフォームを提供するベンチャー企業は現在では多くあるが、同社は先駆的企業であるといえる。説明をしていただいた副総経理は、元ホテルマンで、企画運営を担当していたという(ホテルの現場に精通した人材)。これに、Tencent(騰訊)などから引き抜いたIT人材を組み合わせてIoTシステムを構築している。この組織構築のやり方は、近藤の2018年度のAIの利活用の経営戦略での日本の製造業企業の事例(注5)と同じであるといえる。

2. 視察全体を通じての所感

 今回の深圳市現地視察で感じたことの一つは、中国の企業家たちのビジネスモデル構築能力の高さである。日本のベンチャー企業多くは、シーズ志向であり、つまり基となる技術があり「何ができるか」を考えてから起業することが多い。一方で、中国、特に今回の視察した深圳市のベンチャー企業の経営者の多くは、ニーズ志向、ビジネスモデル志向であり、さらにはエコシステム志向であり、つまり「何をしたいか」、もっと言えば「何で儲けるか」「そのためにどんなシステムを作る必要があるか」を考えてから起業していた。これは、米国のベンチャー企業の志向と同じであるといえる。Amazonのビジネスモデルは「インターネット商取引の実現」であり、そのための「書籍インターネット通販」が事業のスタートとなっている。その際に、商材としての書籍は最適(模倣品作成にコストがかかる、腐らないので在庫リスクが無い、誰がどこで売っても品質が均一)であったという。つまり、書籍を売るためのインターネット通販ではなく、インターネット通販を実現さるための書籍のインターネット通販、だったのである。そして、物流の発達などにより取り扱い商材を拡張させていったのである。現在では、インターネットを通じて、デジタル技術活用してサービス提供が同社のビジネスモデルとなっている(注6)。インターネット通販事業でピーク時需要に合わせたクラウドの構築をしたが、オフピーク時に余剰領域が発生する。この余剰を他社へ開放し、(AWSサービス)として事業化したのである。
 また今回の深圳市現地視察で感じたことのもう一つは、①技術的な点では凄いこと(先端的だと感じたこと)はない、②ビジネスアイデアもたいしたことはない。ビジネスアイデアも、優れたビジネスモデルではなく、米国のベンチャー企業などの模倣で、つまり中国版であるため、模倣する後発ベンチャー企業の創出を許している。しかし、③スピード感と意欲は違うこと、④政策の考えも違うこと、である。中国の経営者、特に起業家は「まずやってみて、問題があれば解決していく。」というスタイルであり、そして政府も問題が生じれば規制を作る。しかし、日本の経営者は「問題を全て潰してから、やってみる」であり、政府も問題を先に洗いだして規制を作る。この企業とそして政府の進め方、そしてスピード感が日本と中国の大きな差であると感じた。


【注釈】

1. 例えば、きらぼし銀行海外戦略部アジアデスク「きらぼしアジア情報レポート」2018年10月号、きらぼし銀行、等が挙げられる。
2. 現在の価格では収益化はできていない。ただし、現在は将来のビジネスモデル構築に向けた投資段階である。また、システムを活用できる若い人が多く利用する。
3. 現在は、5棟が稼働、10棟が内装工事中である。
4. 現在の15棟のホテルのうち、最小が23室で最大が66室である。
5. 近藤信一(2018)(2018)「製造業のものづくり現場におけるAIの導入・利活用による新たな競争優位の獲得」『機械経済研究』No.49、(一財)機械振興協会 経済研究所、pp.1-31、を参照願いたい。
6. 亀田治伸氏の講演(アマゾン ウェブ サービス ジャパン㈱プロダクトマーケティング エバンジェリスト)「エッジコンピューティング領域における、クラウドコンピューティングの広がり~Amazon Web Servicesのエッジ最前線~」(<Japan IT Week【春】前期 2019 内>「第8回 IoT/M2M展【春】/第22回 組込みシステム 開発技術展」、日時:2019年4月10日~同12日、会場:東京ビッグサイト)


【了】

2019年05月14日
No.2(2019年5月)

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