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【コラム】新たな門出にあたって

グローバル経済事情その他

2019年4月10日
機械振興協会経済研究所 所長 林 良造


1. ダイナミックに変容を続ける世界経済

 世界の産業の形、経済の構造が音を立てて変わりつつある。そしてその衝撃から日本の製造業、機械産業も逃れることはできない。ようやく長いトンネルから抜け出した日本であるが、その目の前に現れたものは予測不可能にも思われる新たな激しく変化するフロンティアである。
 20世紀後半から世界の経済成長を牽引してきた情報技術の進歩は、今世紀に入ってもインターネットの急速な普及と深化、WTO体制の確立拡大を背景として世界経済を変容させ続けている。
 具体的には、情報通信技術の革新による情報処理容量・スピードの増大とそれが生み出す利便性と付加価値、個人情報と極限の利便性の交換は、GAFAに代表されるPlatformerを世界経済の中心に押し上げ、世界の経済地図をがらりと変えた。さらにIoT、AIなどを通じて製造業・サービス業における価値創造プロセスを変え社会の仕組みすら変えつつある。
 そしてその変化は経済面にとどまらず世界の安全保障秩序も大きく変化させている。最も大きな変化はアジア・太平洋をめぐる米中の覇権争いであろう。従来からWTO体制への加入、情報技術の開発と利用促進を軸に急速な成長を遂げてきた産軍複合国家中国は世界第二の経済大国となり、さらに「製造2025」を掲げ、また、安全保障面でも太平洋地域における影響力を着々と浸透させてきた。それに対してトランプ政権下の米国は荒々しいやり方で異議を唱え従来の流れを一挙に覆そうとしている。
 安全保障の断面の変化は単に地域的な緊張だけではない。従来の陸海空に加えてサイバー空間が主要な戦闘領域となった。技術的にもガバナンス上もセキュリティに本質的な脆弱性があるインターネットのすきを国家戦略に基づく情報戦争や先端技術の奪取手段としてフルに利用したロシアや北朝鮮などの台頭は、サイバーセキュリティ問題を経済問題から安全保障問題へとおしあげた。
 さらに、グローバル化のもとでの成長に取り残されたと感じた大衆の巨大な不満が自国第一主義の声となって広く世界に広がっている。
 このように、絶えざる情報通信技術の革新の生み出す波は、巨大企業と国家の緊張関係、国家間の覇権争い、分断された国家内部の争いなどを引き起こしつつ更に大きな変化に向かって動き続けている。

2. 日本経済のバランスの取れた発展のために

 その中で日本はアベノミクスの定着により長期にわたった低迷からの脱却を果たしつつある。
 特に注目すべき点は、高度に洗練されたコンセンサスシステムのもとで既得権益と「鉄の三角」により分断され、囚人のジレンマ状態の中で必要な根本的制度改革にいたらず、総合的な脱出政策が取れなかった日本のシステムに変化が生じてきている点である。
 内閣官房が処方箋の全体像を描く司令塔機能と各省幹部の人事権を掌握し強力な実行管理機能を持つことにより、従来の部分最適の塊から脱却が可能になり、技術革新の持つ力を解放し経済を成長軌道に戻す上で一定の成果を挙げてきている。
 しかしながら世界の変化のスピードを見るとき依然周回遅れの状況は続き、他方、実質的政策立案能力が行政府に集中している状態で官邸を中心に強くなった政府とそこに残る情報公開文化の遅れは、現場との乖離やCheck & Balance上の問題が懸念される状況も作り出した。
 このような状況下で最も重要なことは、しっかりとした羅針盤とデータに基づいた実態の変化の認識をもとに、良質の叡智を結集できる主体を数多く生み出し、それらが切磋琢磨してより柔軟で的確なオプションを生み出すことである。すなわち、現場と政策科学に根ざした中立的・独立的で政策提案能力を持つシンクタンクが不可欠となっている。このような時代の要請を背景にキャノングローバル戦略研究所、東京大学政策ビジョン研究センター、明治大学国際総合研究所、笹川財団、国際問題研究所、経済産業研究所などが活動を活発化させてきている。
 これらのシンクタンクの活動の形は必ずしも同一ではないが、従来の霞ヶ関から与えられた政策目標にそって整理する受託型のものと比較すると、個々の研究者の独立したイニシアティブの下に産学官の知の結集を目指しネットも活用した形で研究・政策発信を行うものが多い。


3. 機械振興協会経済研究所の新たなミッション

 さて、本研究所は有沢廣巳所長の下1964年に設立され、以来50年余にわたりさまざまな形で日本の機械産業の発展、機械産業にかかわる政策を支えてきた。特に、現場と政策、最新の学術的知識を結ぶ場を提供してきた役割は日本の機械産業の発展にとってかけがえのないものであった。また、統計面でも経済産業省調査統計部、各業界との協力の下にしっかりとした統計の基礎を持ち継続的な分析が可能になるようその整備も含めて多大な貢献をしてきている。
 そして今、日本中核産業となった機械産業は、環境の激変に直面している。日本経済を牽引してきた自動車部門では電子化が進み、EV化、自動運転などの大変革の波が押し寄せ、産業の形が根本的に変化しようとしている。また、IoT、AIに代表される情報通信技術の革新とその利用の広がりは、インダストリー4.0のように製造現場を変え産業の形を変え、社会を変えてしまうような広がりを持って迫りつつある。さらに多くの機械産業で急速に進みつつある新たなグローバルバリューチェーンの流れは東アジアを中心とする国際的サプライチェーンを生み出してきている。これは従来の国際分業の形を変え、通商政策のダイナミクスにも影響を及ぼしており、いまこそその変化の正確な把握は産業の発展、政策の立案にとって急務となっている。
 さらに医療分野においても、日本の高度な精密機械技術と情報通信技術の融合は大きな可能性をもたらしている。特に感染症から生活習慣病へと中心が変わり、高齢化と治療の高価格化により社会保障制度の持続可能性が重要課題になっている中で、直接的医療行為のみならず健康年齢を増加させる機器・システムを生み出すことによる貢献への期待も大きい。
 そして、サイバーセキュリティ分野においては、実行者が突出した技術を誇示する個人的行為から、犯罪集団、国家的アクターへと変化し、目的も金銭や個人情報の窃取、社会の混乱の惹起などに移り、アプローチも単純なウィルスからAdvance Persistent Threatのようにネットワーク上の行動を利用した高度のものなっている。さらには生活に不可欠な社会的インフラが主たる攻撃対象となり、IoTデバイスが広がる中でその防止のためには従来のNIST方式のようなシステムの管理技術に加えさまざまな機器の部品レベルでのセキュリティの確認が求められるようになっている。
 本研究所は以上のような課題を中心に、日本の将来を担う中核的シンクタンクのひとつとして実態の客観的把握と科学的手法に基づき、基幹的機械産業、ロボット産業、航空機産業など新規産業の研究、現場と政策をつなぎ産官学の叡智を結集するシステムの確立、国際的連携、政策課題の発掘、政策提言の発信を進めていくこととしている。
 このため、従来からの活動に加えて、Academic Advisor、特任研究主幹、特任フェロー、特任研究員などを充実し、これらの使命を果たせる体制を整えつつあるところである。新たな体制の下に研究、政策提言を進め、その成果をホームページ上で発表していくことを通じて関係者の付託に応えたいと考えている。

【了】

2019年04月10日
No.1(2019年4月)

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